「ですから、あなたが私を仲間の者だと思うなら、私を迎えるようにオネシモを迎えてください。」ピレモンへの手紙 1章17節
今朝は「ピレモンの手紙」を読みます。短い手紙です。
教会の指導者の一人であり、家にはしもべたちが働いている裕福な人物が、手紙の受け取り手のピレモンです。
そしてピレモンの元から逃げ出したしもべ、奴隷が手紙に名前が上げられているオネシモです。
当時は、主人の元を逃げ出した奴隷は罪に定められます。
この時、使徒として捕らえられていたパウロは、このオネシモと獄中で出会いました。
そしてオネシモは主イエスを信じて、パウロの弟子となり、パウロの働きを助けてパウロに仕えていました。
しかし、逃亡奴隷は、その罪を償わなければなりません。
それで、パウロは、オネシモの負債を肩代わりして犠牲を払い、ピレモンにオネシモを信仰の友人として受け入れるように願って、手紙を書いたのです。
ピレモンもまた、パウロの弟子であり、パウロが命じるならば、オネシモを赦して、パウロの弟子として迎えることでしょう。
しかし、パウロは命令ではなく、主イエスにある信仰の友人としての関係をオネシモとの間に結んで欲しいのです。
それは、すべてのキリスト者が隣人を赦し、過去に捕らえられないで、主に在る信仰の仲間となって、イエス様に仕えて生きて行くことが幸いであることを示しています。
先生であり、先輩であり、尊敬するパウロを迎えるように、自分に悪をおこなった奴隷であったオネシモを迎えることは難しいはずです。
しかし、5節で、パウロはピレモンを愛と信頼のある人だと、語っています。
主イエスに在って、愛と信頼のある生き方をしているピレモンならば、そしてキリスト者ならば、難しい赦すことができるのです。
罪人を赦して迎えるのは、主イエスに倣う生き方です。
シャローム
