「一つの王座が恵みによって堅く立てられる。ダビデの天幕で真実をもってそこに座すのは、さばきをし、公正を求め、速やかに義を行う者。」 イザヤ書 16章5節
モアブの高ぶりのゆえに、モアブは打たれて滅ぼされます。
しかし、主のさばきがおこなわれるところには、また恵が注がれるのです。
主は、ご自身の力を誇るためにモアブやアッシリアを打つことはありません。
主は、どこまでも公正あり義の方です。
そして、真の義の方は、深い愛の方でもあるのです。
モアブの高ぶり、その前いにはイスラエル、ユダの人々の罪がありました。
それ故に、主はさばきを行われたのです。
しかし、打って終わりません。
主は、回復と慰めを与えてくださる方です。
ここに「一つの王座が恵みによって堅く立てられる。」とあります。
王は、正しく民を治め、神を礼拝して、神のことばに従うのです。
恵みによって立てられるとは、神、主によって正しい王が立てられることを示すと同時に、恵みとして与えられることを示しています。
恵みによってとは、民の行いや、王の行いではなく、神の愛によって王が与えられることを示します。
この王は、神の愛と慰めによって立てられます。
ですから、この王は正しく民を統治し、民を愛します。
そして、民に対しては、神を愛する人の見本となっていくのです。
そいて堅く立てられますから、もう、罪に誘惑されたりすることがありません。
神の恵みによって立てられますから、神が治めてくださるということです。
罪の嘆きと、さばきの苦しみの後には、神の慰めがあることを信じて、神のことばに従っていきましょう。
シャローム
