「シオンに残された者、エルサレムに残った者は、聖なる者と呼ばれるようになる。みなエルサレムに生きる者として書き記されている。」 イザヤ書 4章3節

3章で、主は人が頼りとするものを取り除くと言われました。
それは主だけを頼りとして、信仰を持って歩むように教え、命じていることばでした。
厳しいことばが続きましたけれど、主は人をさばき、滅ぼそうとしているのとは違いました。
主は、あわれみの心で語ってくださっています。

ここで言う「シオン」と「エルサレム」は王国の中心の地であり、信仰の中心地です。
そこに残された者、残った者とは、誰のことでしょう。
周りの人たちが主に背いても、その人たちは流されず、自分の信仰を守ろうと格闘した人です。
主は、その人たちをあわれみ、守ってくださったのです。
主が、この人たちを残してくださったのです。
主が愛して、主が選び出して、導いてくださったのです。

「聖なる者と呼ばれる」「みなエルサレムに生きる者」と書き記される。
このように示されますけれど、この人たちが優れているからではなく、主が、この人たちをあわれみ、愛してくださり、このように呼ばれる人となるのです。
主の厳しいことばが、私たちに臨む時、主は同時にあわれみの心を動かしてくださり、主を愛する者たちを守り、導いてくださるのです。
ですから、私たちは何も恐れません。
ただただ、主を愛して、主のことばに従います。

シャローム