「侍従は神の人に答えて、「たとえ主が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか」と言った。そこで、エリシャは「確かに、あなたは自分の目でそれを見るが、それを食べることはできない」と言った。」 列王記 第二 7章19節
2節にも同じことばがあります。王がたのみにしていた侍従が、エリシャが王に告げた主のことばを侮って、そんなことがあるだろうかと、言ったのです。
そして、その時は強い敵であったアラムに苦しめられていたイスラエルでしたが、主がアラムを打ち、イスラエルに平和を与えてくださった時に、彼らは十分に飲み食いしたのです。
しかし、エリシャの告げたとおり、この侍従は、その恵みを受け取ることはできませんでした。
自分の目では見たけれど、人々に踏みつけられて死んでしまったからです。
主は、天に窓を作ることも可能です。いいえ、容易いことです。
そんなことはできないと、言ったこの侍従は、主を侮った罪の結果打たれて命を失いました。
「主のことばを聞きなさい」と、1節でエリシャは語りました。
私たちには不可能なことでも、主が語られたことは、そのまま実現します。
主のことばを聞いた時、驚き主を恐れてひれ伏すのか。
それとも驚き主を侮って、自分の考えに囚われていくのか。
ひれ伏し、祝福を受け取るのか、侮り、滅びを招くのか。
主のことばを聞きなさい。主は今日、あなたになんと言われるのか。
シャローム