「何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。」ペテロの手紙 第1 4章8節

一つ前の節に「祈りのために、心を整え身を慎みなさい」と、教えられています。
私たちは、イエス様を信じて信仰者となりました。しかし、私たちは弱い者です、欠けのある者です。
ですから、祈るように教えられていて、祈ろうとするのですが、なかなか祈れないのです。
そのため、祈ることができるように、心を整え身を慎むように教えられるのです。
では、それを信仰者の実践、生活の中で、どのようにすれば良いのでしょう。
愛し合うのです。まず、信仰者が互いに愛し合うのです。

熱心にというのは、愛し合うのに、熱心かそうではないかという比較ではありません。
愛するとは、自分から能動的に、積極的に愛そうとしなければ愛することができないのが、弱く、欠けだらけの私の本質です。
ですから、積極的に、熱心に愛するのです。
愛することを求めることで、祈るための備えができるのです。

そして愛することで、赦すことも学び、身につけるのです。それが罪をおおうということになるのです。
愛のないところに祈りは生まれません、祈ることを知らない人は、愛することも知らないのです。

愛し合うことと祈ることは、いつも切り離せないのです。

シャローム