「すると、イエスは言われた。「十人きよめられたのではなかったか。九人はどこにいるのか。」 ルカの福音書 17章17節
ツァラアトに冒されていた十人の人が、遠くから声を張り上げて、イエス様にあわれみを求めました。
それはツァラアトが癒やされてきよくなることを求めたのです。
当時は、ツァラアトに冒された人は、家族からも隔離されて、暮らさなければなりませんでした。
イエス様に近づいて癒やしを求めることも、当時は許されていなかったのです。
それでもきよくなりたいと願い、イエス様ならばそれができると考えて、遠くから叫んで求めたのです。
その結果、彼ら十人は癒やされました。
癒やされた人は、祭司から正式にツァラアトが癒やされてきよくなったと、宣言されなければ、以前の日常には戻れないのです。
ですから、十人は祭司の元へ急ぎました。
しかし、一人だけは癒やされたことが分かると、祭司のところに行く前に、イエス様の元へ引き返して、神をほめたたえました。
イエス様はこの神を賛美して崇めた外国人の信仰と行動を喜ばれました。
そして残念なことに神をほめたたえ、イエス様に感謝を表すことを後回しにした九人のことを残念に思い、嘆かれたのです。
私たちは、神のあわれみを受けた、恵みを注がれたと知ったならば、何よりも一番に神をほめたたえ、イエス様へ感謝の声を上げる人になろう。
それでもこのか所からは、イエス様の大きな愛を知ることができます。
イエス様は、この九人もあわれんで癒やされたのです。
イエス様の愛とあわれみは、私たちの想像を遥かに超えて大きいのです。
ですからこそ、私たちはこの神、主を賛美して礼拝していきましょう。
そこに喜びが継続します。
シャローム
