「しかし、律法の一画が落ちるよりも、天地が滅びるほうが易しいのです。」 ルカの福音書 16章17節

16章の初めに記される不正な管理人のたとえを理解するのは難しいです。
まるで不正をしてでも上手く立ち回る人のことを評価しているようにも聞こえので違和感があり、難しいと感じるのです。
でも、主は誠実な方です。義の方です。
不正を憎み、誠実な人を祝福してくださる方なのです。
それは変わることがありません。
人が、律法を上手く利用して、自分が不正の富を得ようとしてもそれは実現しません。
うまくいったように思えたとしても、それは失敗に終わります。
主の律法は崩れません。
人が絶対に崩れることがなく、滅びないと考えている天地が滅びるほうが、主の律法が崩れるよりも容易いのです。

すなわち、主の律法、主のことばは変わることがありません。
主の律法に従い、守る時にこそ、私たちは不正ではなく正しい豊かさを受け取ることができます。
そして、主の祝福の中で生きることができます。

不正の富はそのままで終わることがありません。
本当の富、豊かさは、主の律法の一つひとつを誠実に守る人に注がれるのです。
その真の富は、天地が崩れても失われないのです。

私たちは、その富を受け取っています。主の律法を聞いているのですから。

シャローム