「主はいつくしみ深く正しくあられます。それゆえ罪人に道をお教えになります。」 詩篇 25篇8節
主は、正しい人を選ばれるのではなく、罪人を選んでくださる。
正しく、立派だと他の人から言われる人に、主は、主の道と真理を教えるのではないのです。
主を恐れることを知っている、しかし、罪人である人を主は選ばれて導かれるのです。
自分を誇る必要はありませんが、卑下したりする必要もないのです。
全能で義と愛の方の前には、正しい人など、初めからいないのです。
ですから、自分の罪を知っていて、それを恥じて、しかし主の前に行って主を愛していきたいと求める人が、主に愛されて導かれるのです。
神の義と神の真理と、神の愛は、神様が「この人」と選ばれた人にしか教え導かれないのです。自分では知ることも教えられることもできません。
すべて主の御心と御手の働きによります。
主の教えは、主の愛そのものです。
いつくし深い主に選ばれて招かれている今を喜びたい。
このみことばを開くことができて感謝します。
シャローム
