「すると、神の御前で自分たちの座に着いていた二十四人の長老たちが、ひれ伏し、神を礼拝して言った。」 ヨハネの黙示録 11章16節

終末の時、その日を備えておられるのは全能の主であり、私たちの主です。
しかし、その時、主に敵対する勢力が最後の力を振るい、主に従う預言者たちを苦しめます。
そして殺します。
けれどもエゼキエル書37章5節以降に記されていたように、死んで骨となり干からびていた者が、主の息を吹き込まれて生きる者となったように、この終末の時に、主の敵対するものに殺された預言者も息を吹き込まれて再び生きるようになり、天に上るのです。
主に敵対するものが、どれほど力を振るい、力を誇示してもそれは空しいものとなります。
彼らは、いつまでも主に背き、敵対し続けるのです。
そして自ら滅びを招き入れるのです。

しかしその時、ちゃんと主を礼拝する人たちがいます。
主に従い、主を愛する者の代表として、二四人の長老がひれ伏します。
長老たちにとって、主にひれ伏し、神を礼拝することは、何よりも勝る喜びなのです。
最後に喜びを味わうのは、主を信じる人たちです。
自分の力を誇り、力に頼り、主を信じる人たちを苦しめる者たちは、最後まで立ち続けることはできません。
喜びわらし続けることはないのです。
その時になって、そのことに気がついてももう遅いのです。

今現在の、日曜日ごとの礼拝を喜びながら、終末の日の礼拝の喜びに向かって夕に朝に歩み続けましょう。
主の息がともにあり、主に愛されているのが、こうしてみことばを読むあなたなのですから。
主を喜び歌い、礼拝をささげ続けましょう。この喜びは、日毎に深まります。

シャローム