「なんと大きいのでしょう。あなたのいつくしみは。あなたを恐れる者のためにあなたはそれを蓄えあなたに身を避ける者のために人の子らの目の前でそれを備えられました。」 詩篇31篇19節

主のいつくしみは大きいことを、私は知っているつもりでした。
間違いなく主のいつくしみは大きいのです。
でも、その大きないつくしみを主は私に注いで与えるために、蓄えてくださるのです。
いつくしみそのものと言って良い主ですけれど。
そのいつくしみの対象として私たちを選び、いつくしみを注いでくださるのです。
注がれることもないいつくしみは、本当のいつくしみでもなければ大きいとも言うことができません。

主は、主を愛して信じる人、主のところへと身を避ける人のために、いつくしみを蓄えて、待っていてくださる。
そして主を信じる人を苦しめる人の前で、その大きないつくしみを注いで助けてくださるのです。

蓄え、備えてくださるのは、注ごうと私のために蓄え、備えていてくださるのです。
そう、本来ならば受ける資格がないはずの私が、いつくしみ深い主から、その最大のいつくしみを注いでいただけるのです。
ですから、人の前でどれだけ苦しめられたとしても恐れる必要はないのです。
私には、いつくしみ深い主がいてくださるから。

シャローム