「手には開かれた小さな巻物を持っていた。御使いは右足を海の上、左足を地の上に置いて、」 ヨハネの黙示録 10章2節

いよいよ時が迫りました。
これまで私たち人には隠されてきたことが明かされる時になったのです。
それが「開かれた小さな巻物」という表現です。
閉じられたままの巻物、隠されていた巻物ではないのです。
今、巻物に記されていたことが明かされます。
終末の日に起きること、信仰者は、苦難を通るけれども、主によって祝福されることが、もっと細かく教えられるのです。
もちろん、まだ、全てが明かされるわけではありません。

しかし、この巻物を受け取った人には、その口には甘く、食べてしまうと、腹には苦いのです。
口には甘く、腹には苦いという表現は詩篇にもあります。
しかし、主の隠されていた預言が示されるという点では、エゼキエル書3章2~3節にも、同じ巻物について記されています。
終末の日に起きること、主がご計画をされていたことは、使徒ヨハネが生きていた時代よりも遥か昔の旧約聖書のイスラエル王国の時代に既に示されていたのです。

主は遠くの景色が近づくと段々に明確にその景色の輪郭や内容が見えるように、終末の日のことも、少しづつ私たちに教えていてくださったのです。
今、私たちは、ヨハネやエゼキエルよりもはるかに進んだ技術のある生活をしています。
けれども、主が明かしてくださらなければ知ることができないこと、主が行なってくださらなければ実現しないことがあることを、今こそ、謙遜に受け止めていく時だと感じます。

私の口には、主の預言の言葉がどのように甘く感じるのでしょう。そして、それはどうして同時に苦くか案じることになるのでしょうか。
主が、巻物を開いてくだっさったのですから、しっかりと謙遜で、素直な心で受け取っていきたい。
信仰の目で見て、信仰の耳で聞いて、信じていきたい。
主は、信じる者には神の国の真理をも開いて教えてくださるのですから。
惜しみなく与えてくださる主を信じます。

シャローム