「主は誓われた。思い直されることはない。「あなたはメルキゼデクの例に倣いとこしえに祭司である。」」 詩篇 110篇4節
後半のことばは、アブラハムがロトを助け出した時の祭司のメルキゼデクとのささげ物のやり取りに関して示します。
メルキゼデクが人としての特別な祭司として覚えられ、働く以上に、主は完全な祭司として私たちのためにその務めを果たしてくださるということです。
主の絶対性、主が果たすことができる完全性を、例えています。
主は、しかし、メルキゼデク以上の方、比べることもできない方です。
今日、心に留まったのは「思い直されることはない」という、主の働きです。
主が、私たちを助けて救い出してくださるということは、決して変わることはなく、完成、成就しないことなど、あり得ないのです。
民数記23章19節にはこのようなことばがあります。
「神は人ではないから、偽りを言うことがない。」また続けて「語られたら、成し遂げられないだろうか。」とあります。
ここにも示されるとおり、主が私たちに愛とあわれみの心を持って誓われた救いの業は、必ず成し遂げられるのです。
完全に完璧に成し遂げられるのです。
そこには私たちの不備や足りなさ、主に対する不誠実な態度があったとしても、主は、私たちを見捨てず、心を変えて思い直されることもないのです。
ですから、私たちは主だけを信頼し、主に委ねていけば良いのです。
私たちが慌てたり焦ることもありません。
ただただ主だけを信じて、その語られることばに従うのです。
シャローム
