「火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。」 マタイの福音書 13章50節
ここではイエス様の福音のことばを聞いて、信じる人の歩み方について示されました。
聞いているようで、まるで聞いていない人がいます。
聞いたけれども、すぐに悪い者に奪われていってなくしてしまう人もいます。
喜んで受け入れても、忍耐もなくみことばにしっかり従うことがないので、やはりなくしてしまう人もいます。
聞いて受け入れても、別のことに心を奪われたり、邪魔をするものに耳をふさがれていき、結局実を結ばない人もいます。
そしてしっかりと聞いて受け入れ、忍耐して悟る人は実を結んでいくのだと教えられました。
また他には、良い人たちの中に悪いものを混ぜ入れて邪魔をするものも現れるのだと警告をします。
私たちは、そのようなものを見極めていく、信仰の耳と目を持っていかなければいけないのです。
しかし、いずれにしても終わりの時が備えられています。
その時には、イエス様のことばを聞いて受け入れ、信じて歩む人は祝福されます。
しかし、信じなかった人、邪魔をして神に背く人には、滅びが備えられています。
その時になってからでは遅いのです。
その時にはもう、何をしても遅いのです。
悔い改めて、神のことばに従う機会は、十分に与えられていたのです。
ですから、もう遅いのです。
そういう時が備えられています。それは定まっています。
燃える炉に投げ込まれるのか、イエス様とともに生きるのか。
問われているのは今です。
シャローム
