「夕べに朝にまた真昼に私は嘆きうめく。すると主は私の声を聞いてくださる。」 詩篇 55篇17節

17節の前半は、詩人がどれほど苦しい状況にあるのかを表しています。
詩人はこの55篇の中で、自分を苦しめているのは敵ではなく、友である、それも親しい友であると告白をしています。
親しい友の裏切りと攻撃は、ひどくに詩人を痛めつけるのです。
その苦しみと痛みは、詩人を離れることがありません。
夕べに、朝に、また真昼に嘆くほどに苦しいのです。
夕べの嘆きは、その日一日を思い起こして嘆きます。その日の苦しみが眠る前にも和らぐことがないのです。
そして朝、また新しい一日が始まっても、苦しみが加えられます。
そして真昼にも、それは無くなりません。
これほどまでに苦しく、息をつく間がないのです。

しかし、詩人は主を信じています。

後半になると、主の助け、慰めが届くことを確信して声を上げるのです。
私の声を聞いてくださる。
詩人の嘆きは、たんなる苦しみの吐露では終わりません。
主への助けを祈っているのです。
それも主が聞いていてくださる、祈りが届いているのだと信じて祈るのです。

嘆きの声からの祈りが聴かれていることへの信頼が、鮮やかです。
嘆くだけではなく、救いを知っている詩人の声がここにあります。
倣って、私も、苦しみの時には、このように祈りたい。

シャローム