「あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見出す。」 伝道者の書 11章1節
水の上にパンを投げてしまったら、まず自分は食べることができません。口にできません。
そしてここでは、水の上に投げるのは、パンを捨ててしまうことを指していません。
水に流れて、どこへ行くかは投げた人にはコントロールできません。
そしていつか、どこかにパンは流れ着きます。
この場合は、パンを無駄にするのではないのです。
隣人のために、惜しみなくパンを与えることを、水の上に投げると、表現します。
自分は知らない人のために、そのパンは恵みとなって、誰かを満たします。
惜しみなく与えた人は、ずっと後の日になって、その投げられたパンが、主によって豊かに用いられて、誰かを満たし、祝福したことを知るのです。
そしてその時、投げた人は喜びを見出します。
投げてみなければ、この喜びと満たしを経験することはできません。
そして何よりも、主に信頼し、期待していなければ投げることはしないのです。
投げることができる人は、主を信頼し、自分の手ではなく主に期待する人です。
シャローム
