「実に、すべての人に救いをもたらす神の恵みが現れたのです。」 テトスへの手紙 2章11節

教会の人々、即ちイエス・キリストを救い主と信じている人々にパウロは勧め、命じます。
年配の男の人にも女の人にも、そして若い人へも勧めます。
2節から10節で語られることを実践していこうと思えば、それは大変なことで、私にはとてもできそうにありませんと、答えたくなります。
言い訳をしたくなります。
品位を保ち、欲を捨てて生活をしなさいと命じられてしまうと、厳しい、難しいと思ってしまいます。
荒野に退いて、バプテスマのヨハネのように生活をしなければとてもできそうもないと思います。

しかし、キリスト者は、それぞれ主に遣わされ、置かれた場所で生きて、そしてその生活を通して証しをするのです。
皆がみんな、荒野で証しをするのではないのです。

確かに欲が強くなれば、罪に近づき、隣人に対しても品位を保って慎み深く接するのは難しくなります。
欲は捨て去れるならば、捨て去っていく方が良いのは確かでしょう。

でも、むずかしい。
しかし、私が救われたのは自分の力や能力、修行によるのではありませんでした。
主イエスの愛を受け取り、主イエスを信じるという、ただその1点です。
それは愛が現れ、その恵みを信じただけでした。

今、イエス様の愛が現れたのですから、ここで勧められることもみんな、イエス様の恵みによってできるのです。
いえ、できるかできないかではなく、主イエスの恵みを信じた信仰者として、そのような歩み方を望むのです。
その時に、またそこにイエス様の愛が現れます。
周りの人々は、そうやって生きる信仰者を見て、イエス様の恵みを知っていくのです。

恵みは既に現れています。
信じて、その恵みによって歩みましょう。

シャローム