「あなたを憎む者が飢えているなら、パンを食べさせ、渇いているなら、水を飲ませよ。」 箴言 25章21節

唯一の神である主を信じる信仰者は、悪しき者と同じ土俵に上ってはいけないのです。
悪しき者とは、まったく違うところに立って生きるのです。

自分を憎む者を、私も憎むなら、その人と同じ土俵に立ち、同じ価値観で生きることになります。
しかし、私が信じる神様は、どこまでもあわれみ深く愛の神様です。
神様など知らないと叫んでいたような私を愛してくださり、救いを与え、恵みを注いでくださった方です。
その愛を知ったので、信じる者に変わったのが、私です。
今、その愛を知った者として、憎むのではなく、愛してあわれみを注ぐのです。

飢えている者を憎んで見捨てるのは簡単です。その人は、自分を憎んだ人なのですから、当然の報いだと、自分を言い聞かせることも可能です。
しかし、主に愛された私にとって、それは平安のある正しい応答ではないはずです。
主があわれんでくださったように、私も私の敵をあわれんで、恵みで返すのです。
飢えているなら、パンを食べさせます。
渇いているなら、水を飲ませるのです。
それが相手を憎むよりも確かな応答です。
それが相手を憎まず、さばかないで勝利できるのです。

主が、主を信じる者の応答の仕方を見ておられます。
憎むより、あわれみ。奪うより、与えるのです。
主イエスがそうされました。
それが正しいのです。

シャローム