「実に神は、すべての人間に富と財を与えてこれを楽しむことを許し、各自が受ける分を受けて自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。」 伝道者の書 5章19節
私たちの普通の考え、思いならば不思議なことばが記されています。
「自分の労苦を喜ぶ」ということばです。
私たちは、普通は、労苦は避けたいと思うし、労苦を喜ぶという考えは思い浮かびません。
しかし、主の思いとご計画は違うのです。
多くの富と財を得て、何も足りないことがない日々を送った人が、人生を真に喜び楽しむことができるのではないと、主は言われます。
むしろ、労苦があり、幾つもの足りないことを経験した人が、その日々の中で、主によって、喜び楽しむことができるように、主は導かれるのだと、ここで語るのです。
労苦は、ただ苦しく辛く、避けたいものではないのです。
主の前にある労苦は、主から届く賜物であり、喜びへと結びつくのです。
私には、考えつかないのですけれど、それが主の思いです。
労苦は、時に主の恵みを味わう時となり、私を鍛える鍛錬の時となり、信仰をより深める時にもなります。
何よりも、喜び楽しむことが主から与えられるように、労苦も主が私のためにと与えてくださるものなのだと、知れば労苦そのものさえも、喜ぶことができるようになるのです。
なるはずです。今、その時には分からなくても、必ず恵みへと主が変えてくださるのです。
真の富と財とは、主に愛されていることを知り、主を信じることができることです。
私たち、一人ひとり、この地上での人生で受けるべき分は、主が与え、主が導いていてくださるのです。
信じて歩み続けたい。
シャローム
