「あなたがたはこのように兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を傷つけるとき、キリストに対して罪を犯しているのです。」 コリント人への手紙 第一 8章12節
偶像に献げた肉の取り扱いに対するパウロの教えが語られる8章です。
ここでは「食べるのか食べないのか」ではなくて、信仰者が食べた時の影響、証しになるのかどうかを問います。
この頃、コリントの教会では、偶像の肉のことで、幾つかの問題があったのです。
信仰者の内、ある人は食べても問題はないと言います。
しかし、ある人は、食べてことで悩むのです。
特に悩む人は、まだ信仰歴の浅い人、信仰が十分に成長していない人でした。
食べても問題がないと言う人が、偶像の神々などは、本来、存在もしていないので、献げられた肉も、偶像から何の影響も受けていないと考えます。
しかし、その態度、行動が、別の人の心を傷つけ、信仰において悩ませるならば、それはキリストに対して罪を犯すことなのだと、パウロは断じます。
一つ前の節では、パウロは「弱い人」のためにキリストは死んでくださったのだと、教えます。
そのキリストを悲しませるような行動や発言を信仰が強いと自負する人は慎むべきなのです。
隣人を愛する愛が、そこにあるのかどうかが問われるのです。
信仰の知識で、偶像の神々に対してすべての行動が決まるわけではないのです。
パウロは続けます。
兄弟、この場合は「信仰の弱い人」をつまずかせないために、パウロは決して肉を食べないと宣言しています。
それはパウロの信仰の自由なのです。
キリストへの信仰と、キリストを愛する愛は、パウロを私を真に自由にします。
シャローム
