「人が火を懐にかき込んだら、その衣服は焼けないだろうか。」 箴言 6章27節

ここで言う「火」とは、罪をおこなうことです。
悪い女、見知らぬ女、遊女と例えられています。
人を。滑らかな舌、言葉で誘惑して妻や母を裏切らせることを示します。

そして「懐にかき込む」のですから、罪を隠すことを言っています。
バレないと思って隠すのですが、その人の衣服は、隠した罪によって焼かれていきます。
その人が、怪我をして命を危険にさらすのです。
自ら、危険を招き入れることになります。

それに対して、主を信じる人は、21節にあるように主のことばを「心に結びます」
滑らかであるけれど、罪に誘う言葉とは反対の主の命令を心に結びつけて、心の底から従い守るのです。
そして「首に結び付けます」。
それはよく見えるように、証しするのです。
そして、身体にとって大切な首に結び付けることで、命を掛けて主を愛して従うことを表しています。

悪しき心、罪の心を懐に隠して生きるのか。
それとも主から届く、愛のことば、命令を明らかにしつつ、心にしっかり結び付けて生きるのか。
主は、愛の眼差しで見つめながら、私の選択を待っておられます。

シャローム