「パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニアに渡ることにした。彼らに福音を宣べ伝えるために、神が私たちを召しておられるのだと確信したからである。」 使徒の働き 16章10節

9節でパウロは幻を見ています。
マケドニア人が「マケドニアに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願していたのです。
パウロは、幻によって、そのことを確信をして、当初の予定にはなかった旅をするのです。
その背後には、イエスの御霊がビティニアに行くことを許さなかったと言う導きがありました。
御霊の働き、マケドニア人の懇願とその幻が、パウロを導きました。

主のご計画は、パウロを異邦人の救いのために豊かに、そしてこれまでとは違った働きに用いることなのです。

そして、マケドニアに渡ったパウロがしたことは明確でした。
「福音を宣べ伝える」ことに尽きました。

それが助けること、その本質でした。
神が、そのために自分たちを召しているのだと確信をしているのです。
ですから、異邦人へも臆することなく、福音を伝えていきます。
語り続けます。

その福音は、今、エルサレムから、また、マケドニアからも遥かに遠い私たちのところに届いています。
幻を見なくても、イエス様の福音を信じるならば、その喜びの知らせを自分も次の人へと伝えるのです。
主の召しは一人一人に違う形で届きますが、福音を宣べ伝えることに変わりはありません。
福音を語り、証しをすることは、聞く人も語る人も喜びに満たされていくのです。

シャローム