「すから、神が、私たちが主イエス・キリストを信じたときに私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが、神がなさることを妨げることができるでしょうか。」」 使徒の働き 11章17節

既に主イエスを信じてキリスト者となっていたユダヤ人たちが、ペテロが異邦人と交流したことを非難しました。
ペテロは、感情的にはならずに(以前のペテロならば怒って彼らを批判したことでしょう)、ことの次第を順序立てて説明をします。
それは主が、ペテロをコルネリウスと異邦人のところへと遣わしたこと。
異邦人も主イエスを信じた時に、ユダヤ人と同様に聖霊が下って、彼らも聖霊に満たされたこと。
それを通して、主は、ユダヤ人も異邦人も等しく愛されていることを語ったのです。

そしてペテロが、主イエスに教えられた大切なことが、ここにあります。
「神がなさることを妨げることができるでしょうか。」
神、主が全世界の人を等しく愛しておられ、一人も漏れることなく、罪を悔い改めて神に立ち返ることを願っておられることです。
そのために主は、惜しみなく聖霊を与えてくださる。
そして助け主である聖霊は、力強く働かれて異邦人をも、主を信じるように導かれるのです。

ところが、私たちは主イエスを信じており、聖霊を受けているにに、その聖霊様が私の内側に働かれ、周りの人々のにも働かれようとすることを、邪魔をすることがあるのです。
そこに私「我」があり、私の内側に残った「頑固さ」があり、私の内側に残火のように「罪」があるのです
私たちは、聖霊様に導かれて、聖霊様によってイエス様の愛に満たされて、神に仕え、人に仕えていけるのです。
神と隣人を愛していくのです。

心に刻みたい。
聖霊である神様の働きを妨げるようなことをしてはいけない。
私の内側に聖霊様が満ち満ちて、生き生きと働かれる時、私もまた、喜びを受けるのです。

シャローム