「私の友は私を嘲る者たち。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。」ヨブ記 16章20節
ヨブと友人たちとの対話は続いています。
しかし、その対話は友人がヨブが罪ある者として断罪し、ヨブは自分の正しさを主張するばかりになっています。
そこには慰めもなければ、正しく導く言葉もありません。
そしてヨブは、いつの間にか神様への批判ともいえる言葉を口にするようになっています。
自分は正しい者なのに、神様はそんな自分を貫き、苦しめるのだと訴えています。
その中でもヨブにはまだ、神様への信仰があります。
ヨブの苦しみは、子どもたちを亡くしたり、自身が重い病にかかりすべての祝福を失ってしまったと感じる苦しみや悲しみから変わって来ています。
友人と呼んできた、交流をしてきた人たちから投げ掛けられる愛も慰めもない言葉と態度に苦しんでいます。
悲しみは、ヨブの苦しさと悲しさを誰も理解してくれないことです。
うち捨てられてしまったという絶望を感じ始めていますが、それでもヨブは神様への信仰があります。
神様に慰められたいのです。
愛のある声を掛けられたいのです。
ですから「私の目は神に向かって涙を流します」と訴えるのです。
神の前に顔を隠しません。涙も隠さないのです。
苦しみの極限で、なおも神様を見上げ、神様から目を離さないことが大切なのだと教えられます。
神様からの助けと慰めは、まだ遠いかも知れませんが、神様から目を離していけないのです。
私の目は、いつも神様に向いているべきなのです。
涙の時も笑顔の時も変わらずに。
シャローム
