「以前、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬と沈香を混ぜ合わせたものを、百リトラほど持ってやって来た。」 ヨハネの福音書 19章39節

イエス様がピラトの裁判にかけられています。
この時、ユダヤ人の指導者たち、祭司長や長老たちは、なんとしてでもピラトにイエス様を死刑の判決を出させたいのです。
そのために、彼らはモーセの律法さえも自分勝手に引用します。
そして最後には「カエサルのほかには、私たちに王はありません。」とまで叫ぶののです。15節です。
これはイスラエルの唯一の神、主を否定する告白になっています。
このような彼らの恐ろしい行動と行動を知ったピラトは、正しい判決を下さるよりも、自分がカエサルに背く者とされることを恐れ、保身に走り、イエス様を死刑の判決を下します。

イエス様を自分たちの前から捨て去り、死へと追いやるユダヤ人たちと自分の保身のために無罪と知っていながら、イエス様を死刑にして死へと追いやるピラトがいます。
いずれもイエス様を拒絶し、捨て去った罪人です。

一方で、死んでしまったイエス様のからだを引き取り、埋葬をしようと願い出るマリマタヤのヨセフがいます。
イエス様の元へやって来た、イエス様を愛する人です。
そしてもう一人、39節にはあのニコデモがやって来ました。
ニコデモが持って来た「没薬と沈香」は埋葬に使います。
そして詩篇45篇8節によれば、没薬は王の香りとして表現されることもありました。
「あなたの服はみな没薬アロエシナモンの香りを放ち象牙の宮殿に流れる弦の調べはあなたを喜ばせた。」
ニコデモはヨセフと同じように、死んでしまったイエス様のために用意したのです。
しかし、それが王の香りとして使われたのだとも言えるかも知れません。
イエス様を愛して、イエス様のもとへ集い、良いことをしようとした人、彼らの行いは、想像以上の良いわざとなってのです。

十字架は、イエス様を拒絶して捨て去ろうとする人と、イエス様を愛してイエス様のために良いわざをおこなえる人を、明確に分けていくことになりました。
私たちは、イエス様を愛して、イエス様のために良いわざをおこなう者となっていきましょう。
続けていきましょう。小さなわざで良いのですから。

シャローム