「どうして私たちが異国の地で主の歌を歌えるだろうか。」 詩篇 137篇4節
137篇は、バビロン帝国との戦いに敗れて、バビロンへと捕囚の民となって連れて行かれた詩人が歌った詩です。
バビロンで、敗戦の国の民として侮辱された上、神、主のことまでも侮ることばを掛けられた詩人なのです。
侮辱され、主への賛美の歌を、彼らの余興の楽しみのために歌えと、強制された詩人なのです。
彼は、賛美を歌う聖歌隊の一人だったと思われます。
詩人は、主への賛美の歌を、余興のために歌うことを断固として拒みます。
苦しめられ、命の危険が迫っても、詩人は主への賛美を大切にして、守るのです。
そして、歌えるはずがないと、この4節のことばは、その思いを強く現した表現となっています。
詩人は、賛美を特に大切に思い、大切に歌う人なのです.
ですから、主にささげる以外の場では歌いません。
同時に、詩人は異国の地ではなく、シオン、エルサレムで、再び主に向かって賛美の歌を歌うことを、強く欲しているのです。
それは主を慕う、信仰の告白そのものです。
私たちも、平穏な日々の中でも、この詩人のように、命がけで、心からの思いを持って、主への賛美を歌いたい。
歌い続けたいと思います.
今、主への賛美が歌えることは、なんと幸いなことでしょう.
シャローム
