「使徒たちは、御名のために辱められるに値する者とされたことを喜びながら、最高法院から出て行った。」 使徒の働き 5章41節
イエス様のことを救い主だと決して信じないユダヤ人の指導者たちは、宮でイエス・キリストを証しして語るペテロたちを捕らえて脅すのです。
イエスの名によって教えるなと、脅します。
しかし、聖霊を受け取った弟子たちは、そのような脅しには屈しません。
人に従うより神に従うべきですと、ますます大胆に証しをするのです。
最後には、脅された上で解放されたのです。
すると弟子たちは、殺されないで解放されたことを喜ぶよりも、イエス様と同じように迫害され苦しめられたことを、むしろ喜ぶのです。
それも他のことではありません。イエス様を証しし、その御名のために辱められるに値する者とされたことを喜んだのです。
すなわちそれは、イエス様に従い通し、イエス様に倣う者として見られたことになるからです。
イエス様を信じていない人にも、この時の弟子たちは、イエス様に似ている者と見えていたということです。
そして、弟子たちが語ることばもイエス様と同じだと、ユダヤ人指導者たちが、彼ら自身は信じなくても、その価値を認められたということなのです。
私たちは、人に苦しめられたり、痛めつけられるのは嫌です。できることならば避けたいのです。
けれども、影響力もなにもないと、放っておかれるよりは、危険だと思われて辱められる方を喜んで受け取るべきなのです。
それはあなたの、私たちの証しが本物で、価値があること証明です。
そしてやがて、イエス様にほめていただけるから。
大胆に世の出ていって、イエス・キリストは私の救い主ですと証ししたい。
シャローム
