「私たちは、自分たちの神の宮での礼拝のために、毎年シェケルの三分の一を献げる義務を自らに課す。」 ネヘミヤ記 10章32節

悔い改めたイスラエルの民は、礼拝と生活のすべての点において、行動を新たにしていきます。
それはもちろん、モーセの律法に従ったものでした。
すなわちそれは本来守ってくるべきものを守ってこなかったということでした。
悔い改めた今は、全てを整えていく民なのです。
例えば、一つ前の31節では「七年目には土地を休ませる」とあります。
いけにえや食べ物のことだけではなく、土地のことまでも律法に正しく従うことを決めたのです。
民の決意の表れです。

そしてここに大切なことが示されています。
「自らに課す」と。
誰かに言われたから、他の人に強制されてするのではないのです。
自分で決断し、自分で行動すると、声を上げるのです。
イスラエルの民の、私は、私たちはこのようにするという信仰の決断がここに見られます。

では今、私たちはどうでしょうか。
礼拝のことに限らないで、私の人生、私の毎日において、私は主を一番として生きることを、自らに課すと、自分自身に宣言して、喜んでそのように生きていきたい。

シャローム