「だれかが弱くなっているときに、私は弱くならないでしょうか。だれかがつまずいていて、私は心が激しく痛まないでしょうか。」 コリント人への手紙 第二 11章29節

この節の少し前の23〜27節では、パウロはこれまで経験してきた苦難について具体的に語っています。
難破したこと、牢獄に入れられたこと、むち打ち、石打ちにあったこと、盗賊の危険、同胞からの迫害に加えて、貧困も経験したことを語ります。
何度も、様々な大変な経験をしたことを語りますが、その経験を嘆いてはいないのです。
むしろ、主イエスを伝えるために、それらを経験したことが、パウロにとって益となっているのです。

それらの経験を悲しんでいないのです。パウロは、弱さを覚えている人と共に弱さを経験するのです。悲しみを共有するのです。
泣く者と一緒に泣くのです。
誰かの心が痛むなら、パウロの心も痛みます。
パウロ自身が困難に会うことでは、パウロの心は萎えたりしないのです。
むしろ主イエスの助けと慰め、励ましを確信して、力を得るのです。

それが主に使命を託された信仰者の核心のある生き方だと示すのです。
私たちはどのような時に、心に痛みを覚えて、主の助けと癒しを祈り求めるでしょうか。
痛みを経験している隣人、教会の友人、神の家族のために、心を痛め、心を共有して主に祈り求める者でいたい。
誇る心より、痛む心を大切にしたいと思います。

シャローム