「神のみおしえの書は、最初の日から最後の日まで毎日朗読された。祭りは七日間祝われ、八日目には定めにしたがって、きよめの集会が行われた。」 ネヘミヤ記 8章18節

城壁が築き直されたとき、民の全体が広場に集まり、学者であるエズラがその中心にいました。
エズラは、人々の要望に応えて、律法を朗読しました。
人々は、それを熱心に聞きました。
総督であるネヘミヤ、祭司であり学者のエズラ、そしてレビ人が人々に語りかけます。
律法はレビ人によって解き明かします。そして、城壁の再建が果たされたことと律法が読まれたことを喜ぶように教えるのです。

この日、これまでの罪の悔い改めを覚えて悲しむのではなく、主が聖なる日としてくださっていることを喜ぶのです。
初めに律法、主のみことばがあり、それが毎日読まれて、人々が心からそれを聞き、次の日も律法を聞くことを人々が望みます。
こうして毎日、主のことば、みおしえの書が読まれたのです。
聞く心、聞く信仰がある民となって、人々が集まることができたのは、やはり喜ぶことです。

みことばが読まれ、声に出されて人々が聞きます。
初めにことばがあり、毎日みことばがあり、終わりにもみことばがあるのです。
そして聖なる日には、主を礼拝するのです。
そこにまた、新しい喜びが始まります。

私たちも、はじめに主のことばを聞き、終わりまで主のことばを聞く生活を、自分の基盤としたい。
聞くことは、喜びと祝福の始まりです。
日曜日、主を礼拝する聖なる日です。みことばを慕い求めていきましょう。

シャローム