「彼らは 主の家に 植えられ 私たちの 神の大庭で花を咲かせます。」 詩篇 92篇13節
12節までで語られたのは、主を信じない無思慮で愚かな者と、主を信じる者が、なつめヤシのように豊かな果実を実らせ、レバノンの杉の木のように太く真っ直ぐに成長することが比較されていました。
良いもの豊かなものとなっていく信仰者と、そうではない滅びて行く主に背く者の姿がありました。
しかし、それだけで終わらないのです。
主を信じる者は、主の近くへと招かれ導き出されて、そこで生きます。
「植えられ」ですから、主が招き、植え替えて祝福してくださることを示します。
その上、主の一番近くで、喜びと感謝、主への賛美に溢れて生きるのです。
それを「花を咲かせる」と、表現しています。
主が、信仰者を咲かせてくださるのです。
主の招きは、その人を連れて来て、祝福で満たすことができる招きなのです。
しかし、主に背いて生きる者は、その庭へは自分の力で入ることができません。
主を知る機会があったのに、信じなかったから、無思慮な者は、庭の外で滅びを待つことになります。
私たちは、主を知ろう。主を知って、主の招きに応じていこう。
主は、あまりに大きく、あまりにも深い愛と恵みを与えようと私を招き、私を待っていてくださる方なのだから。
シャローム
