「あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです。」 マタイの福音書 6章21節

6章は1節から、二つのことを比較しながら、私たちにどのようにこの地上で歩むべきなのかを教えます。
神、主を信じる人ならば、どのようにすべきなのかを示します。

善行は、人にほめてもらおうとしてはいけない。
人に見せるために善行をしないようにしなさい。

施しをするときには、右の手がしていることを左の手に知られないようにしなさい。
施しは、隠れたところでしなさい。

祈るときは、偽善者のように祈ってはいけない。
人々に見えるように、会堂や大通りで祈ってはいけない。
家屋の部屋に入って、隠れたところにおられる父に祈りなさい。

このように教えます。
宝のあるところとは、天の父を信じて、すべてを委ねて従っていく心です。
その心から出て来る行動は、隠れたところで善行をおこない、施しをして、静かに祈るのです。
隠れたところにおられる父は、その人の心からの祈りも、善行も施しも知っておられます。
ですから、人に知ってもらって、ほめてもらおう、人に祈りを聞いてもらってほめられようとする必要などないのです。

むしろ、人からの評価や称賛がないことを喜んで受け止めていくのです。
その心も父は知っていてくださり、ふさわしいときにあなたに報いてくださるのです。
宝は、父を知っていることであり、父に祈りを聞いていただけることです。
父は、あなたのことで知らないことなど何一つありません。
ですから安心して歩みましょう。

シャローム