「万軍の主が計画されたことを、だれがくつがえせるだろうか。御手が伸ばされている。だれがそれを押し戻せるだろうか。」 イザヤ書 14章27節

かつてペリシテが自分たちの力を誇り、イスラエルを苦しめました。
そのペリシテは、アッシリアに滅ぼされてしまいました。
アッシリアは、イスラエルをも滅ぼし、民を捕囚の民として連れて行き、苦しめました。
今、その力を誇ったアッシリアが、滅びました。
ペリシテは、自分たちを苦しめたアッシリアが滅んだと、喜びます。

しかし、主は、ペリシテにも平安は与えられないと、宣言します。
ペリシテがイスラエルを苦しめたのも、アッシリアがイスラエルを苦しめたのも、両方とも主がご計画されたことです。
主に愛されているイスラエルが、罪を重ねて、主に背き、いつまでも悔い改めないからでした。
主は、さばく時には、イスラエルもさばきます。
そして、その時には、主に敵対するペリシテもアッシリアでさえも、主は、主の剣として用いるのです。
愛するイスラエルが主を捨てた時には、主は厳しくさばくことを、ペリシテとアッシリアが、知る機会とするのです。
しかし、ペリシテもアッシリアも、悔い改めないので、主は再び二つの国を打ち、イスラエルを回復してくださるのです。

主のさばきの背後には、主のあわれみと、主が守り、残してくださる信仰者がいるのです。
主のご計画、主が御手を伸ばして打つ時、誰もそれを避けることも、留めることもできません。

ですから、いつも主を愛し、罪に敏感となり、悔い改めることを大切にするのです。

シャローム