「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。」 イザヤ書 11章1節

「エッサイの根株」ということばに、神様の愛とご計画の深さを覚えます。
エッサイとは、ダビデ王の父の名前です。
当時のごく普通の羊飼いをしていたのが、父エッサイです。
「新芽」とは、力強く生き生きと成長することを象徴しています。
ダビデが素晴らしい王となっていくことと、その遥か先にエッサイの家系から、救い主のイエス様が生まれることを示します。
「若枝が出て」というのは救い主の誕生を示す、預言のことばです。
「実を結ぶ」とは、十字架の贖いの救いの業が完成することを示します。

ダビデが、神様を信じる信仰者として、良い王様になり、国を治めることを示します。
そして、その先には、完全な「王の王」であるイエス様が私たちのために地上に来てくださって、救いを完成してくださることを示します。
神様の愛が現れるのです。

その時、イスラエルの民が、自分たちのこと誇ることがないようにと、主は「ダビデから」と語らず、父エッサイの名を上げるのです。
人の力ではなく、神様のご計画と選びが初めにあることを「エッサイの根株」ということばが示すのです。
人ではなくダビデではなく、神様を見上げるのです。

そして「根株」です。本当なら、死んでしまった切り倒された木は、そのまま朽ちるのです。
しかし、神は命を与え、命を造り出します。
人の目には死んでしまった根株から、王が生まれ、統治をし、救い主が生まれて神様のご計画が完成するのです。

人にはできないことが神様にはできます。神様の愛はそれほど深く大きく、計画は遠大です。
私たちも、その神様の遠大なご計画の中に生かされて、神様に愛されているのです。

シャローム