「一つのことを私は主に願った。それを私は求めている。私のいのちの日の限り主の家に住むことを。主の麗しさに目を注ぎその宮で思いを巡らすために。」 詩篇 27篇4節

ダビデ王の詩篇です。
敵を恐れない、敵が陣営を張ろうとも、敵が自分に対して戦いを挑んできても動じないと詩人ダビデは語ります。
それは主への信仰の告白であり、賛美でもあります。
このような言葉で告白できるダビデの信仰に驚き、倣いたいものです。

しかし、実際のこの時、ダビデには敵が追い迫り、陣営を組んでダビデを包囲して殺そうと迫っているのです。
恐れない、動じないと声を上げるのは虚勢を張っているのではありません。
王だから、弱いところを部下たちに見せられないからというのではありません。
まったく違うのです。

命の危険がある困難の中で、続いてダビデが主に祈ったのは、この4節の「主の家に住むこと」でした。
即ち、主とともに生きることです。
毎日の生活の中で、主の近くで生きること、主からの平安を受け取っていくことを、願ったのです。
困難、危険があるのですが、敵を打ち破ってくださいとか、私を助けて命を守ってくださいとは祈らなかったのです。

困難があっても、どんな時でも主を求め、主の近くにいることを、一番の望みとするのです。
主とともに生きて、主を愛する歩みをするとき、困難は経験しても滅びることはなく、打ち倒されて立ち上がれなくなることもないと、確信しているのです。

私たちを、主は必ず助けてくださるあわれみ深い方です。
それでも私たちは、困難も経験するでしょう。困難な時も、平安な日でも、私たちは主の近くで生きて、主の顔を見ていることを、一番の望みとしたいものです。
詩人が歌うように主は麗しい方ですから、その麗しさを、今日も明日も味わっていきたい。

シャローム