「私はあなたのなさったすべてのことを思い巡らしあなたのみわざを静かに考えます。」 詩篇 77篇12節

詩人は、最初の声を上げて主に祈り求めます。
声を上げると、神が聞いてくださると確信して祈っています。
しかし、詩人はすぐに「私のたましいは慰めを拒んだ」とも、声を上げます。
矛盾するような祈りのことばです。

そして続くことばでは、神を思い起こして嘆き悲しむと、声を上げます。
しかし、声を上げてとは言わないで、思いを潜めてと歌います。

詩人は、最後の20節では、モーセとアロンの名前を上げて、主が強い御手で私たちを苦しみから連れ出してくださる方だとこの詩篇を結びます。

詩人は待っているのです。
自分の心の奥底から、真に主のみわざを思い起こして、平安と感謝を得ることができる時を、待っているのです。
ですから、慰めを拒むのです。
とことん、苦しみ、悲しみを受け取った上で、主の導きがあることを確信してから、慰められたいのです。
これまで、主が良くしてくださったことを、もう一度思い起こして、苦しい今も、そしてこの先も主は私に良くしてくださるのだと、確信するその時まで、静かに主と語りたいのです。

主の声を聞きたいのです。
主の聖い声を聞くことが、人の慰めの言葉よりも大切なのです。
その声を静かに聞きたいのです。
いえ、もう詩人には聞こえているのではないかと思いました。

シャローム