「ほむべきかな主。日々私たちの重荷を担われる方。この神こそ私たちの救い。〚セラ〛」 詩篇 68篇19節
聖書が明らかにしてくださる神様とは、私たちを造られた創造主なる神様です。
そして、私に命を与えてくださった創造主である神様との約束を守ることをしないで罪を犯したのが私たちです。
しかし、神様は、そんな私たちの罪を赦し、救ってくださる救い主でもあります。
私を救ってくださる神様なのですが、私たちを救うために、神様は遠いところに住まわれて、そこから救いの手を、ぐーっと伸ばして救い出してくださるのとは違います。
例えるなば、罪という深い深い穴の底に落ちている私を釣り糸を垂らして、引っ掛けて救い出すようなことはされないのです。
救い主であるイエス様は、罪は犯されませんでしたが、私たちが苦しむ穴の底に来てくださり、私をかつぎ上げて穴から救い出してくださる方です。
私を担い、大きな犠牲を払って救ってくださった方なのです。
しかも、イエス様は、神様の前に私たちが犯した「原罪」を赦すだけでなく、私たちの日々の悲しみ苦しみをも担われて、私を救い、助け導き続けてくださる方です。
今も、私のことを見守り、私の重荷を担ってくださって、私を守り導き続けてくださる方です。
私たちは、この方を信じて、この方の声に聞き従うならば、私は何も恐れることも、不安になることもなく、委ねて歩み続けることができます。
私のために、犠牲を払い、私の重荷を担ってくださる愛とあわれみの神様です。
今日も、私はイエス様に担われています。
シャローム
