「あなたがたは喜びながら水を汲む。救いの泉から。」 イザヤ書 12章3節
この喜びは、主に罪を赦されて救われた喜びです。
水を汲むのjは、通常であれば労働です。
苦労しておこなうことがあっても、喜びながらするのは、あまりないことです。
しかし、この水は尽きることがありません。
主が与えてくださる救いの泉から汲むのです。
主に感謝しながら、主を呼び求めながら、喜びながら汲むのです。
そうすることで、周りの人々に、主の救いの業を伝えるのです。
水を汲むことが、証となります。
主を信じる者は、労働さえも喜びへと変わります。
そして汲めども汲めども、その水はなくなるどころか、さらに溢れ流れ出すのです。
汲むほどに喜びは増し、主の救いの証が広がります。
そしてまた、私の中に喜びが増します。
喜びながら労することを経験して、主とともに歩みたい。
シャローム
