「愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。」 コリント人への手紙 第一 14章1節

14章は、13章に引き続いて愛について教えます。
最初に「愛を追い求めなさい。」と命じます。
私たちの日常の生活の中で、愛とは求めるものなのでしょうか。
それも「追い求める」ほどの大切なものだというのでしょうか。
普段の生活の中で愛を追い求めると言えば、そこには誤解が生じるでしょう。
私たちは、愛を誤解しているのです。
この愛は、誰か、人を特別に愛していくことを指してはいません。
キリストに根ざした愛。キリストに倣った愛のことです。

パウロは異言を語ることよりも愛を追い求めることが大事だと言います。
異言を語ることもできるパウロが、愛を追い求めるように命じます。
それが大事なのです。
それはイエス様が命じているのです。
それでもさすがはパウロです。続く言葉で、御霊の賜物を熱心に求めることも命じます。
キリスト者は、御霊を飢えているのです。しかしただ受け取ったというだけでは足りないのです。
熱心に、自分の中に御霊が満ち溢れることを求めなければいけないのです。
御霊に満たされて預言を語り、異言も語ることができます。
また、隣人を愛することも御霊に満たされ、御霊に導かれてできるようになるのです。

それでもそこに「愛」がなければ空っぽの予言、異言、施しになってしまうでしょう。
愛がないことば、愛のない行動、愛に根ざさない行動は、空しいものです。
イエス様はそのような行動をされませんでした、愛のないことばを唇に上らせたりはしませんでした。
それならば、私たちイエス様を信じるキリスト者は、イエス様の愛を備え、イエス様の愛の姿に少しだけでも近づけるように、愛を追い求めるのは大切なことです。
イエス様に愛されて、イエス様を愛さなければ、日々の生活の中で、愛を追い求めることはできないでしょう。
イエス様の愛を知る人が、愛を追い求めるのです。
なぜなら、私の中には、愛は備わっていないからです。ですから、熱心に追い求めるのです。

シャローム