「その後の子孫は断ち切られ次の世代には彼らの名が消し去られますように。」 詩篇 109篇13節
詩人は、悪しき者が別の人の告発によって打たれて、さばかれていくことを望んでいます。
詩人はこれまで散々苦しめられてきたのです。
しかし、12節ではあわれむ者もいませんようにと、声を上げます。
そして続ける13節では、悪しき者の子孫もさばきの中に生きるように語ります。
それはあまりにも厳しい、いや酷い願いではないでしょうか。
詩人を苦しめた相手とその子孫までも呪っているようなことばに聞こえます。
いえ、そうではありません。
詩人は主の前に語り、告発するのです。
出エジプト記20章5〜6節にはこうあります。
「あなたの神、主であるわたしは、ねたみの神。わたしを憎む者には父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、
わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」
十戒の中の主のことばです。
主の与えてくださる大きな恵みと祝福が語れる時に、同時にこの厳しいことばが、主からの約束の言葉として与えられています。
詩人は、この戒めを知っています。信じて従っているのです。
ですから、詩人は厳しいことばを投げ掛けているようですが、それは主の恵みとさばきに委ねているということなのです。
悪しきことを続ける人は、詩人と違って主のことばを恐れないのです。
そして自分で自分にさばきを招き入れて、自分の子、子孫にもさばきを招き入れるのです。
私たちは恵み深い、あわれみに富む主を信じます。
そしてその主に、私の名前が覚えられていることを喜びたい。
私の名は、人の手によっては決して消し去られないのだから。
シャローム
