「それでも彼らの叫びを聞いたとき主は彼らの苦しみに目を留められた。」 詩篇 106篇44節

約束の地が与えられていて、エジプトの軍勢からも救い出されて守られてきたのが、イスラエルの民です。
ところが、彼らは繰り返し、主の前に罪を重ねるのです。
ひとつ前の43節には「主は幾たびとなく彼らを救い出されたが~自分たちの不義の中におぼれた。」とあります。
主は、罪を犯したイスラエルの民を即座にさばき、滅ぼし尽くすことはされませんでした。
それどころか、43節にある通り、幾たびも救い出して、罪を赦されたのです。
主のあわれみが大きく深いのです。
そして主は、忍耐強く導かれる方です。

それでもなおも、彼らは罪を犯して主を悲しませるのです。
ところが、そんな罪深い彼らが、罪の結果である苦しみの中から叫んで、主を見上げていく時。
主は、ちゃんと彼らに目を留めてくださるのです。
もう、いい加減で見捨ててしまっても良いのではないかと思うのですが。
主は見捨てません。
主の愛はそれほどに大きく深い。
主のあわれみは尽きることがないのです。

しかし、だからといっていつまでも罪を重ねて、主を悲しませてしまって良いことにはなりません。
私たちは今、主が、私たちの叫びに目を留めてくださる愛の方であることを、もう一度心に刻んで、その主を愛して、主に従うことを実践して、実現していきたい。

シャローム