「主よ私を弁護してください。私は誠実に歩みよろめくことなく主に信頼しています。」 詩篇26篇1節

主を愛するこの詩人は、主に助けを求めて祈っています。
続く2節では、私を調べ、試みてください、精練してくださいと願っています。
詩人はどこまでも主の前に誠実に歩みたいと願っているのです。
しかし、詩人には困難も降りかかっているのです。

そのような中でも詩人は主に信頼して歩むことを選びます。
他の人たちが、悪事をおこない、賄賂を手にして楽しんでいても、詩人はその仲間には加わりません。
詩人は主に信頼することと、主の前に誠実に歩むことを求めているのです。
迷ったり、惑わされたりして、よろめいてしまうような歩み方はしません。

しかし、苦しみや困難を経験していく時に、自分一人の力では解決できないことを知っています。
一人で歩むと、そこには慰めや励ましが、乏しくなることも知っているのです。
ですから、詩人は主に助けを求めます。
主の助けは遠くから御手を延ばして救い出すような助けではありません。

詩人の横に立ち、詩人を弁護して助け出してくださるのです。
詩人を守り、詩人が誠実に歩んでいることを、主がともにいてくださって、救ってくださるのです。
その助けは、詩人が誠実な人であることを認めることでもあります。

主は、主を愛し、主の前を誠実に歩もうと求める人を横に立って、弁護してくださるのです。
主の助けは、こうして時には、伴走者のように詩人の横を進んでくださって助けてくださる。
主の弁護は、完全な助けです。完全な慰めもその弁護の中にあります。

私たちも、心から祈ろう。
「主よ。私を弁護してください。」

シャローム