「主よだれがあなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれがあなたの聖なる山に住むのでしょうか。」詩篇 15篇1節
神の幕屋に宿り、聖なる山に住む人とは、どういうことでしょうか。それはだれのことでしょうか。
ここでいう神の幕屋と聖なる山は、同じ場所を指しています。
表現を変えて2回示すことで、そこが特別な場所であることを強調しているのです。
その場所とは、神、主の近くに住むということを言うのです。
それは人には、自分からは絶対に近づけない場所です。
しかし、主の赦しと、主の招きがあればそこに行くことができます。
しかも「宿る」「住む」ですから、一時的に近づいただけというのではありません。
その場所に本当に近づいて、自分の居場所、居るべき場所とするということです。
その場所は、平安と喜びと神様への賛美が溢れるところです。
主を信じて、主のみことばに聞き従い、主を愛する人がそこにはいます。
そこにいる人は、賛美と感謝を唇に上らせます。
隣人を中傷したり、人をののしることばを口にしない人がそこに住みます。
見方を変えるならば、この地上での生涯、毎日で主を愛し、主への賛美をいつも口にする人が生きている場所が、主の幕屋へと、聖なる山へと変わっていくのです。
そして広がっていくのです。主への信仰と賛美とともに広がっていくのです。
それは嬉しく、素晴らしいことです。
シャローム
