「神の御目が人の道の上にあり、その歩みのすべてを神が見ておられるからだ。」ヨブ記 34章21節

エリフは徹底してヨブが自分を正しいことを行う、正しい人であることを主張する点を追求します。
10節では、神が悪を行うこと、不正を行うことなどは、絶対にないと語ります。
「義」は神のものであり、神だけが義だと言えるのです。

他の三人の友人たちは、ヨブに罪を認めさせようとして、失敗しました。
そうではなくて、神が絶対の義なる方であることを知り、認めて告白することが必要でした。
ヨブと友人たちが、どちらが正しいのかを論じるのではなく、義である神様の前にいることを認めることが、必要だったのです。

ここにある通り、神様はいつも私たちを見ておられます。
その目は「義」であり、同時に「愛」です。
完全な義をおこなう方は、愛の方でなければならないのです。
さばく義は、赦す愛を同時に持っているのです。

そしてその御目は、ヨブの歩みのすべてを見ておられます。
ヨブの生活を、ヨブの思いのすべてを見ておられます。
隠すことはできませんし、隠す必要もありません。
義で愛の方なのですから。
ヨブは、苦しみと友人からの責めることばを受けて、いつの間にか神が愛の方であることを忘れてしまったのです。
神の義に委ね、神の愛を待ち望む者でいたい。

シャローム