「嘆きなさい。悲しみなさい。泣きなさい。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えなさい。」ヤコブの手紙 4章9節

何が嘆くことで、何が悲しむことで、何が泣くことなのか。
この場合が嘆くことであると、そういうことではないのです。
三つの違いを示したいのではなく、3度繰り返して並べて語ることで」強調したいのです。
それは痛みを知って、生きなさい。
悲しみ、憂いを知っている人となって、神と隣人を愛する生き方をしなさいということです。
神を愛さないで、この世の喜び、楽しみを愛するならば、隣人の痛みを知ることができない人、長き、悲しみ、泣く人に寄り添えない人となってしまいます。
その人には、主も寄り添ってくださらないでしょう。
いえ、痛みを知らない人は、自分が傷んだときに、主が寄り添ってくださっていることに気がつかないのです。
笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えるならば、その悲しみ、憂いを主が慰め、変えてくださいます。
悲しみを知っている人は、笑えるようになります。
憂いを知っている人は、喜べるようになります。
その人とは、いつも主が共にいてくださるからです。

主イエスが、私のために先に痛みを背負い味わってくださいました。
ですから痛みを知ることは、主を知ることであり、主のくださる慰めを知ることになるのです。
恐れないで、嘆き、悲しみ、泣いていこう。その先に真の喜びが備えられています。

シャローム