「からだが霊を欠いては死んでいるのと同じように、信仰も行いを欠いては死んでいるのです。」ヤコブの手紙 2章26節
イエス様を救い主と信じた者の、日々の行いについてかなり踏み込んだ、挑戦的とも受け取れることばを語るのが、ヤコブです。
罪が赦されて救われるのは、信仰のみです。
行いや修行によって、救いが完成されることはありません。
ヤコブは、そのことは当然のこととして、ここで行いについて語るのです。
イエス様を信じて、信仰に生きるとは、どういうことなのか。
生きている信仰とは、どういうことなのか。
ヤコブは問い掛けます。
1節から語るのは、金持ちと貧しい人とを、教会で差別することや、えこひいきをすることへの厳しいことば。
あわれみを、隣人に対して示さない行動への厳しいことばが続きます。
信仰に生きるなら、生きている信仰でなければ意味がないのです。
生きている信仰は、日々の行動に現れるのです。
律法を守ることは、キリストが示された愛の行動に倣って、私たちも行動をすることです。
それがなければ、その人の信仰は死んでしまっているのです。
信仰を力強く表して歩みたい。
シャローム
