「あなたは鳥と戯れるように、これと戯れ、娘たちのために、これをつなぐことができるか。」ヨブ記 41章5節
これと戯れという「これ」とは、1節に登場する「レビヤタン」を指します。
深い海に住むと言われている幻の巨獣(怪獣)のような生物のことです。
伝承だけで、人は誰もその姿を正確に知りません。
しかし、主はレビヤタンがいることを知っておられます。いや、主が造られたのですから、知っているのは当然のことです。
人は誰もレビヤタンを釣り上げることも、網で捕えることもできません。
不可能なのです。
しかし5節で主は、人にはできないけれども、主には、巨獣のレビヤタンでさえも、大人しくさせることができて、鳥を飼うように飼うことができる。
また、娘たちのために、恐ろしい巨獣さえも遊び相手にすることができると、示されるのです。
人が出会ったこともなく、出会ったら、恐ろしくて逃げ出すしかない巨獣さえも、主が造られて、その全てを知り尽くしておられることを、このように詩的な表現で伝えるのです。
即ちそれは、33節にある通り、この世界の王のような1番の力ある巨獣も、全ては主の支配下にあることを示します。
その全能で力ある方を前にして、人は何を誇ることができるでしょうか。
できないのです。
自分を誇る口を閉じ、主を賛美する口を大きく開けるのみです。
そして主が、語ってくださる言葉を待つのです。
その時、海の巨獣さえも鳥のように手元に置くことができる主が、私とともに楽しく豊な時を持ってくださるのです。
シャローム
