「実に、すべての人に救いをもたらす神の恵みが現れたのです。」テトスへの手紙 2章11節
ここ2章は、批判を受けたり誤解されることのある内容が記されています。
その中で一番注意すべきは、9〜10節の奴隷に関する教えです。
ここだけを取り出すと、パウロは奴隷制度を認めているかのように読めてしまうからです。
パウロは、奴隷制度からの解放とキリスト者としての信仰告白を直結していません。
しかし奴隷を用いることが正しいといっているのではないことをここには記したいと思います。そして、この奴隷制度はイギリス、アメリカなどで起きた奴隷解放の運動とは別のものであることも覚えて起きたいと思います。
ピレモンヘの手紙に登場する奴隷であったオネシモについて考えることが大切です。
パウロは一人ひとりが、自分の立場から愛と犠牲を持って変わり、変えて行く姿を実践します。
前置きが長くなりました。
ここで聖書が教えるのは、キリスト・イエスを信じた人には、その人のたましいと心を変え、生活を変えると言うことです。
主人であっても奴隷であっても、誰もが罪の奴隷となっており、滅びの支配の元に生きているようで死んでいる状況だったのです。
しかし救い主イエスを信じた人は、永遠のいのちを持ち、神とともに生きる毎日に変わります。
解放された生き方、毎日です。
もう誰も、キリスト者を鎖に繋ぐことはできません。
神の恵みは人の制度、鎖を超えて与えられ、力を及ぼします。
男性も女性も、若い人も年配の人も、すべての人が変わります。イエス様の恵みの中に生きるのです。
既に、すべての人に神様の恵みが与えられたのです。
信じた人は、それまでの生き方を捨て去り、イエス様の歩まれた生きたに倣います。
そこには続く12節にある通り、敬虔な生活へと移っていきます。
イエス様の恵みを受け取った人は既に変わっています。
まずは、自分がイエス様の恵みの中に生きていることを味わうことが大切になります。
シャローム