「この終わりの時には、御子にあって私たちに語られました。神は御子を万物の相続者と定め、御子によって世界を造られました。」ヘブルへの手紙 1章2節
ヘブル人への手紙を読みます。
11章に記される信仰の先人たちと終末の時に与えられる祝福、天の御国への凱旋など、有名なみことばが記される手紙であると同時に、なかなか難解な手紙でもあります。
私たちが、みことばと格闘して神様のことをより深く知ることができる手紙です。
1章は、御子であるイエスが、天と地を造られた神であること、御使いとは全く別の存在であって、御使いはイエス様に仕えるものであること。
また、父なる神様と子なる神様との関係についても教えてくれます。
今朝、選んだ2節の前半には大切なことばがあります。
ここに「御子によって語られた」とあります。
御子が語られる前は、律法によって定められた大祭司が、父のことばを預かり民に、人々に語ったのです。
大祭司はどこまでも父から預かって告げるだけです。
それでもそれは父である神のことばですが、イスラエルの民は、大祭司が語ってきたことばを、聞こうとしなかったのです。
罪を悔い改めて、真に神様に立ち返って生きることをしなかったのです。
しかし、今、神である御子イエスが、直接、民に語りました。
救いについて語りました。
見えない神様が見える形となって地上に来てくださって語ってくれたのです。
しかも代弁者にすぎなかった人の大祭司と違って、ご自分の命を身代わりに差し出して神と罪人との間の仲介者として実行し、語ってくださったのです。
御子によって語られたことは、御子によって完成されたということです。
私が、御子が語られたことを聞くということは、完成された恵を受け取ったいうことです。
私たちは、真にこの恵を味わっているでしょうか。
シャローム
