「それは、神が地の隅々までを見渡し、天の下をことごとく見ておられるからだ。」ヨブ記 28章24節

ここで表現される「天の下」とは、この地上世界のすべてを現す詩的なことばです。
ヨブは、神様が全能の方であることを知っているのと同時に、この世界のすべてを見ておられる方だとも知っているのです。
見ておられるというのは、眺めているということではありません。
この世界のすべてを治めておられる方だという意味です。

ヨブは、ヨブが信じている神様が「全能」で「全知」であり「全治」の神様であると信じています。
ですから、ヨブのこともことごとく知っていてくださると、信じています。
しかし今、ヨブはその全能で全治の神様の下で苦しみにあっている意味が分からないのです。
少し前のヨブならば、分からなくても、神様に従い通せたのです。
しかし今は、友人たちから次々に罪人だと、断罪されて、神様を知っていながら見失いかけています。

神様を信じており、神様が地の隅々まで見渡して、ことごとく見ておられると知っているならば、ヨブは、友人たちに反論などしなくて良かったのです。
「私、ヨブはすべてを神様に委ねて、神様に従います。」と、友人たちには答えて、答え続ければ良かったのです。
思うのです。私たちは委ねることが苦手なのだと。

神様は、私を見てくださっている、私のことをことごとく、隅々まで見てくださっている。
その神様の目はあわれみ深く、愛といつくしみに富む目なのだと、そう信じていれば良いのです。
見ておられるということは、見捨てない神様の愛です。

シャローム