「実に、すべての人に救いをもたらす神の恵みが現れたのです。」テトスへの手紙 2章11節
恵みが現れたとは、私たちすべての人に救いが恵みとして与えられたということです。
律法を完全に守ることによって、自分で手にするのではなく。
良い行いや訓練、修行の成果によって受け取るのでもなく。
ただただ、一方的に与えられていくものを、感謝して受け取るという恵みです。
そして恵みが現れたことによって、信じた人の今の生き方が変わりました。変えられたのです。
イエス様に倣った生き方をするように変えられたのです。
そして、それだけではありませんでした。
地上での生涯を終えた後に、訪れる永遠の御国でイエス・キリストと共に住む日を待ち望みつつ生きるという生き方をするようになりました。
「現れた」と言い切りました。
それは既に、イエス様によって完成し完了しているということを表します。
私の目には、完成した救いと御国の姿はまだまだ見えないのですが、完成をしているのだと、主は教えてくださるのです。
完成をしているのですから、私たちが先のことを不安になったり、心配することはないのです。
待ち望みつつ、楽しみに待つのです。
その待つ日々を、イエス様に倣って生きることを忘れないようにしたい。
貴方のために恵は現れたのですから。
シャローム
